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2015年10月26日 (月)

第2章 地方分権―国と地方の攻防・43頁・一般に経営とは「ある組織目的に対し、最小の費用で最大の効果をもたらす活動」ことを指す。それは限られた資源の下で最適な政策選択をいかになすかの戦略を意味する。

引用


2015年10月18日 (日)自治体をどう変えるか (ちくま新書) 佐々木 信夫 (著) 第1章 変化する行政環境・地方自治は、住民の幸せと魅力ある地域をつくることが狙いだ。これからは国の指導で地方自治を営むのではなく、自前の政策をつくり、地域をつくっていく時代である。18頁・

http://amamioosimasanrinha.synapse-blog.jp/takita/2015/10/1-18-833c.html

8:57 2015/10/25


第2章 地方分権―国と地方の攻防・43頁・

・1・地域格差をどう見る・43頁・


・地方分権の歩み・

戦後、日本の地方自治は」と言われてきた。自治体は中央集権の下で、事業官庁に徹してきた。しかし、地域が多様化し、住民意識も多元化している。

統一性と言うモノサシより、多用性というモノサシでの地域づくりが求められている。そうした基底の変化に応えられるシステムの変更が必要となってきた。

その点、2000年に始まる地方分権への歩みを止めてはならない。自治体は「政策官庁」に脱皮する住民と協働し「自己決定・自己責任」まちづくりに励むことが大切となった。21世紀は、自治体が本格的な「地域政府」になる時代である。43頁・


44頁・15/10/26 6時27分・

これから日本が目指すべき姿は、中央に依存しない分権型国家の形成と、地域に活力のある分権型国家の形成である。それがこれから目指す新しい「国のかたち」である。

・パラダイム転換・

しかし、現実とは大きなギャップが。自治体にはまだ古い上着をつけたままのところが多い。これまで自治体は、国の補助金に頼り、足りない財源は交付税で国が穴埋めするのは当然だと考えてきた。民間でも黒字もあれば赤字もあるのが常識だが、これまで自治体には「赤字」と言う観念はなかった。あるのは、赤字が生まれる「制度」が悪いという観念だけだった。「執行あって経営なし」と言われてきた所以がここにある。

だが、もう変わらなければならない。国家全体の債務残高が800兆円を超え、急速な少子高齢化で社会保障費は増える、その一方、税収は頭打ちである。国家の経営も地方の経営もやりくりをしないと立ち行かない時代となった。行政全体の三分の二を担う地方自治体が、自ら「経営体」として本格的に地域再生に取り組んでこそ、この国は変わる

地方分権は、成功する自由と失敗する自由を併せ持つ。自治体には自己決定・自己責任・自己負担と言う地方自治の三大原則を正面に据えた経営が求められている。44頁・


45頁・15/10/26 6時45分・

一般に経営とは「ある組織目的に対し、最小の費用で最大の効果をもたらす活動」ことを指す。それは限られた資源の下で最適な政策選択をいかになすかの戦略を意味する。

今後、自治体向けに財政破綻再生法が制定されると、不良債権処理に苦しんだ銀行と同じ苦しみを味わう自治体が急増するかもしれない。

これからは自治体も破綻する。それを避ける経営責任を負うのが、政治の役割、とりわけ議会と首長の役割である。

これからは「経営」と「執行」を分離する発想も必要だ。民間会社が破綻すると経営幹部が総入れ替えとなる。あの風景を対岸の出来事と見てきた時代も終わった。「自己責任」での経営は自治体の存立基盤まで問う。自治体に「行政あって政治なし」の時代も終わったのである。


・2争点化する「地方」のあり方・45頁・15/10/26 6時56分・


・地方交付税を削れ・

・地方交付税を削れ・

「官から民へ」「国から地方へ」を柱として進められてきた構造改革だが、活性化した一方で、地域との格差が広がり、財政危機の深刻度を強めて自治体も多い。45頁・


46頁・15/10/26 8時31分・

大都市を除く地方には喧伝されるほどの景況感はない。霞が関、永田町で感ずる景況感と地方都市で感ずる景況感には大きなズレがある。

実はそうした認識のズレが国と地方の関係、とりわけ「地方」のあり方をめぐるホットな論争へとつながっている。

例えばこう税問題だ。交付税制度は財政力格差の調整と財源の保障という二つの機能を持っている。しかし国は、地方交付税は「地方を甘やかす」制度だから大幅に削れとし、さらなる削減と配分方法の見直しを主張している。戦後、ナショナル・ミニマム(国の保障すべき最低基準)を保障し、地域の財政力格差を是正してきたこの交付税制度を、「地方を甘やかす制度」とまで言い切る発想が正しいかどうか。ともかく総務大臣の私的諮問機関「地方分権21世紀ビジョン懇談会」は、交付税総額の縮小と、人口と面積を基準に配分する簡素な「新型交付税」制度への移行を提唱し、国は法改正を急いでいる。

それに危機感を持った地方六団体は「新地方分権構想検討委員会」を立ち上げ、国のサジ加減で恩恵的に配る現行制度をやめ、交付税法定率(国税の一定割合が交付税)を引き上げ、自治体の「共有財源」とする「地方共有税」への衣替えを提案している。

双方ともこれが「次代の交付税」の姿だとして譲る気配はない。もとより、この話は少し根が深い。46頁・


47頁・15/10/26 8時51分・

1980年代後半に起こったバブル経済とその崩壊後の対応、そして小泉政権の「官から民へ」の構造改革で生まれた「格差」の要因をどう見るかとつながる。地方のあり方をめぐる基本的問題として、少し論争的にこれを掘り下げてみよう。

・「格差」は誰の責任か・

大都市と地方都市、あるいは地方の間で、地域の間で格差が広がっているとされる。何を格差とするかの定義は様々だが、少なくとも経済的な面、雇用の面で言うと、不況から抜け出た地域と依然不況下にある地域とで「格差」が広がっているのは事実だ。ただ、その捉え方、評価の仕方となると見方は一つではない(以下について、片山・本間「地方は生き残れるか」朝日新聞2006年5月5日参照)。

論点の一つは、この「格差」は政府の責任かどうかについてである。

第一の見方は、「政府の責任ではない」と言う見方だ。

1990年代初め、バブル経済の崩壊を受け、政府は公共事業などで積極的な景気対策を講じてきた。しかし、その効果は芳しくなく、残ったのは国の債務の累計であり地方財政の悪化である。公共事業の恩典をあまり受けなかった大都市の自治体は本格的な行革に取り組んだが、地方都市の自治体は従来のままだった。そこに公共事業を引き締めた結果、地方経済が縮小し格差が拡大した。47頁・


48頁・15/10/26 9時4分・

地方が行革に取り組まなかったのは政府の責任ではない。

小泉政権での規制改革による経済の活性化は、都市部で効果が現れたが地方ではあまり現れなかった。それが結果として格差を広げた。だが、このいずれも政府の責任とは言えず、この問題解消には「成長政策を続ける」ことしか道はない、というのである。

これに対し、第二の見方は、格差の拡大は「政府の責任だ」という見方だ。

有効求人倍率も企業収益も、都市部と地方では大きな差がある。地方経済に「官依存体質」が強いのも一因だが、それより国が公共事業を縮小した打撃は大きく、建設業を中心に大量の失業者が出たのは事実だ。優良企業は、これまで地方で生産してきた部品を中国など海外に移してコストダウンを図り、収益を上げている。これで地方経済はさらに空洞化した。地方はグローバル化の踏み台になったのである。

本来、国は格差を縮小する政策、痛みを和らげる政策をとるべきなのに、三位一体改革や税財政改革ではむしろ地域格差、貧富の差を拡大させる方向へ動いた。これでは地方にとってはダブルパンチの政策としか言いようがない。これが第二の見方である。

この第一と第二の対立論争をどう見たらよいか。

筆者は、小泉政権で格差が広がった点もあるが、それよりその政権以前からの「来年景気が良くなる」と国債、地方債の大増発で景気浮揚を図ろうと続けてきた、与党の「政策の失敗」が大きな要因だとみている。48頁・


49頁・15/10/26 9時29分・

「失われた10年」の見方だ。

その「政策の失敗」を糊塗するための構造改革が、小泉政権下で不良債権処理に膨大な税金を投入するといった形でなりふり構わず進められた。その結果、都市部の「企業経済は蘇った」が、地方の「地域経済は疲弊した」のである。

それに追い討ちをかけるのが交付税、補助金の削減政策である。国家在世が破たん状況だから、国の歳出の四割を占める地方への交付税、補助金を削減することはやむをえまい。

しかし、財政再建ありきになると、最低限の公共サービスや生活水準を保障する交付税や補助金の役割を見失ってしまう。財政再建だけが目的化すると、格差はますます広がろう。よって格差が生まれたのは政府の責任である。

ひとくちに「地方」といっても、地域としての「地方」は一様ではない。2,000近い自治体のそれぞれの台所事情は違う。人口、産業の集中する大都市と、高齢化、過疎化の著しい地方都市では事情はまったく違う。地方財政を削減する際、富裕団体と非富裕団体を一定基準で分け、良くなる自治体と悪くなる自治体の調整をしっかりやる必要がある。49頁・


50頁・15/10/26 9時41分・

・交付税のゆくえ・


明治維新、戦後改革に次ぐ「第三の波」に遭遇している今、地方は他者決定・他者責任の経営から早急に脱皮しなくてはならない。現実を見据えた分析に基づき、「官」と「民」の関係を問い直し、新たな自治体経営の方向を示す。

新書: 254ページ出版社: 筑摩書房 (2006/10)発売日: 2006/10

2015年10月18日 (日)自治体をどう変えるか (ちくま新書) 佐々木 信夫 (著) 第1章 変化する行政環境・地方自治は、住民の幸せと魅力ある地域をつくることが狙いだ。これからは国の指導で地方自治を営むのではなく、自前の政策をつくり、地域をつくっていく時代である。18頁・

http://amamioosimasanrinha.synapse-blog.jp/takita/2015/10/1-18-833c.html

8:57 2015/10/25

佐々木 信夫 (著) 第一章・・6・成長政策の危うさ・33頁・・・39頁・

http://amamioosimasanrinha.synapse-blog.jp/takita/2015/10/633-8020.html

10/26/2015

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これからは自治体も破綻する。それを避ける経営責任を負うのが、政治の役割、とりわけ議会と首長の役割である。

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